対米外国投資委員会(CFIUS)が日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止する方向で最終調整に入ったと報じられました。米国にとって安全保障上の懸念がないかCFIUSが審査しています。
なぜ、USスチールが買収されそうなのか、USスチールの状況と買収される理由。対米外国投資委員会(CFIUS)の真意を調べていきます。
USスチールの現状と買収理由
U.S. Steel(USスチール)は、現在買収の可能性が取り沙汰されていますが、その背景には業績の低迷や業界の再編が関係しています。
業績について
2023年のUSスチールの業績は、前年に比べて低迷しています。2023年の売上高は約180億ドルで、2022年の210億ドルから減少しました。また、純利益も大きく減少し、2022年の25億ドルから2023年には8億9500万ドルに落ち込んでいます。この業績悪化の要因としては、需要の低下や、販売・管理費の増加が挙げられます。さらに、工場の近代化などへの多額の資本支出が行われたため、キャッシュフローも圧迫されています。
出典 United States Steel Corporation
なぜ買収されそうか
業界の再編
鉄鋼業界では、企業の統合が進んでおり、大手企業は規模を拡大してコスト削減や競争力強化を目指しています。たとえば、クレーブランド・クリフス社やアルセロール・ミタル社がUSスチールの買収に関心を示しており、市場シェアの拡大を図っています。
出典 Fastmarkets
戦略的資産
USスチールは、電気自動車市場で需要が高まっている電磁鋼板などの特殊製品に注力しており、これが買収対象としての魅力を高めています。特に、今後成長が期待される分野に強みを持つことが、他社にとって戦略的に重要です。
出典 Fastmarkets
コストの増加
USスチールは、労働コストや原材料費の上昇に直面しており、特に平板鋼やチューブラー鋼などの分野で稼働率が変動しているため、収益性が低下しています。このようなコスト構造の課題が、同社を買収のターゲットにしています。
出典 United States Steel Corporation
これらの要因が重なり、USスチールは他の大手企業にとって魅力的な買収先となっている状況です。
対米外国投資委員会(CFIUS)の設立の目的
対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States, CFIUS)は、外国企業によるアメリカ企業への投資が、国家安全保障に対してリスクをもたらす可能性があるかどうかを審査するアメリカの政府機関です。CFIUSの主な役割と機能は以下の通りです。
設立と目的
CFIUSは1975年に設立され、当初は外国からの投資がアメリカ経済に及ぼす影響を調査する機関でした。しかし、1988年に制定された「エクソン・フロリオ条項(Exon-Florio Amendment)」により、外国投資が国家安全保障に脅威を与えるかどうかを判断する法的権限が与えられました。
主要な機能
CFIUSの主な役割は、外国企業によるアメリカ企業の買収、合併、または支配的な投資がアメリカの国家安全保障に与える影響を評価し、必要に応じてその取引を制限または中止させることです。
審査のプロセス
事前通知
外国企業とアメリカ企業が合併・買収を行う場合、事前にCFIUSへ通知することが一般的です。
初期審査
通常、30日以内にその取引が国家安全保障にリスクをもたらすかどうかの初期審査が行われます。
詳細調査
初期審査で問題が見つかった場合、追加で45日間の詳細な調査が行われます。
大統領の判断
必要に応じて、最終的な判断はアメリカ大統領が下すことができ、取引の阻止も可能です。
対象となる分野
防衛産業
軍事技術や国防に関連する分野。
テクノロジー
人工知能(AI)、半導体、サイバーセキュリティ、5Gなどの先端技術。
エネルギー
エネルギーインフラや資源に関連する取引。
重要インフラ
通信、金融、輸送などの重要インフラに関わる企業。
今回はこのインライ分野に該当しています。
国家安全保障リスクの評価要因
技術流出のリスク
アメリカの先端技術が外国政府や軍事組織に渡るリスク。
サプライチェーンの脆弱性
取引がアメリカの重要なサプライチェーンに悪影響を与えるかどうか。
外国政府の影響
投資を行う企業が外国政府の支配下にある場合、その国の政治的・経済的意図がアメリカの安全保障に及ぼす影響。
過去の対米外国投資委員会(CFIUS)の実績
対米外国投資委員会(CFIUS)が問題があると判断するのは、特に国家安全保障に影響を与える恐れがある外国投資に関連している場合です。CFIUSは、外国企業がアメリカ企業を買収したり、出資したりする際に、その取引がアメリカの重要な技術、インフラ、個人データの安全性に脅威を与えるかどうかを審査します。
重要インフラへのアクセス
外国企業がアメリカのエネルギー、通信、金融インフラにアクセスする場合、特にこれが国家安全保障に関わる場合は、CFIUSが取引を阻止することがあります。例えば、2008年に中国企業Huaweiが米国の通信企業3Comを買収しようとした際、CFIUSは3Comの技術が米国の防衛産業に関与しているため、国家安全保障上の懸念を指摘しました。その結果、Huaweiは買収を断念しました。
出典 United States Steel Corporation
敏感な技術の流出
ハイテク企業や軍事関連技術を持つ企業が外国企業に買収されることで、米国の技術が流出するリスクがあると判断された場合です。2017年に、アメリカの半導体製造企業Lattice Semiconductorを中国系ファンドが買収しようとした際、CFIUSは米国の先端技術が中国に渡る可能性を懸念し、トランプ政権はこの買収を拒否しました。
出典 United States Steel Corporation
個人データの保護
外国企業がアメリカの個人データを大量に扱う企業を買収する場合、そのデータが外国政府に渡るリスクがあるとCFIUSが判断することがあります。2020年には、中国企業ByteDanceが所有するTikTokが米国において国家安全保障上の脅威とされ、CFIUSはそのデータ管理に関する懸念を理由に、アメリカ事業の売却を求めました。
これらの例から、CFIUSは国家安全保障に影響を与える可能性のある分野(技術、インフラ、個人データなど)を重点的に審査し、リスクがあると判断した場合に取引を制限または禁止します。
USスチール買収阻止の理由
今回の阻止の理由は主に国家安全保障に関連する懸念で3つあると思われます。
戦略的インフラの保護
USスチールは、アメリカの製造業において重要な役割を果たしており、特に軍事用鋼材の供給に関与しています。これにより、外国企業がUSスチールを買収することによって、アメリカの防衛産業に影響を与える可能性があるとCFIUSが判断するかもしれません。アメリカは防衛分野で使われる重要な資材やインフラの外国支配に対して非常に敏感です。
技術と知的財産の流出
USスチールは、鉄鋼製造において高度な技術を持っており、その技術が外国企業に流出することが国家安全保障にとってリスクとなる可能性があります。CFIUSは、特にハイテク技術が絡む取引に対して慎重であり、これが阻止される理由の一つになるかもしれません。
重要な資源の外国支配
鉄鋼はアメリカの産業基盤にとって不可欠な資源であり、エネルギーや建設、製造業など多くの分野で使用されます。これらの重要な資源が外国勢力によって管理されることが、経済的および安全保障上のリスクと見なされる可能性があります。特に、外国の国営企業や政府に近い企業が関与する場合、CFIUSはこの点に懸念を持つ可能性が高いです。
過去には、類似のケースでCFIUSが国家安全保障上の理由から買収を阻止した事例がいくつかあり、USスチールも同様のリスクを抱えていると考えられます。
しかし、今回のUSスチール買収は選挙のための茶番劇との見解もあります。
USスチールは、アメリカ国内の企業の買収では独禁法に引っかかるため、日本製鉄に助けを求めている状態らしい。そのため、そもそも他に選択肢はなく、選挙のための茶番らしい。言うだけ言って、選挙が終わったらなかったことにされそうな話。 pic.twitter.com/F2HzJxXUSR
— お侍さん (@ZanEngineer) September 3, 2024
トランプ「日本のUSスチール買収は許さない!」
— お侍さん (@ZanEngineer) September 4, 2024
バイデン「日本のUSスチール買収は許さない!」
ハリス「日本のUSスチール買収は許さない!」
USスチール「日本のUSスチール買収を邪魔するヤツは許さない!」
>日本製鉄のUSスチール買収阻止
労組や政治家に警告、日鉄の買収阻止なら雇用にリスク pic.twitter.com/Y9cqK6D5a9
まとめ
今回はUSスチールの状況と買収される理由や対米外国投資委員会(CFIUS)の真意を調べてみました。
USスチールの買収は、業界全体の再編成や競争力強化を図るために、国内外の企業にとって重要な取引となっています。しかし、対米外国投資委員会(CFIUS)の存在が、この買収に新たな複雑さを加えています。USスチールの戦略的役割や技術的な優位性、国家安全保障に関連する重要なインフラを保護するという点から、CFIUSがどのように判断するかが焦点となります。
過去の事例を参考にすると、今回の取引も同様に国家安全保障の観点から阻止される可能性があります。今後、USスチールの買収がどのように進展するかが注目されるとともに、アメリカの産業基盤と国家安全保障における影響にも注視が必要です。
また、選挙を通じての買収禁止騒動の可能性もありますので、そちらも合わせて注視しなければなりません。